TPP と CPTPPは何が違うのか?

 2022年1月1日からRCEPが発効されるということで、新聞やニュースではRCEPに関する報道が増えてきました。これから年末までRCEPがクローズアップされるでしょう。しかし、今回はRCEPではなくあえてTPP関連のことを書きます。

 最近、日本経済新聞ではTPPに関する記事が多く見られます。それは、中国の加盟申請と台湾の加盟申請に関する内容です。これらについては政治的な意味合いが強く、このメルマガでは政治的な内容は書かないようにしているため、これ以上中国と台湾のことは書きません。

 

新聞報道と政府の書類を見てみると

 今回注目する点は、記事の中の用語です。次の新聞記事は日本経済新聞の2021年11月1日の抜粋です。上の写真にはCPTPPという文字が見えますが、真ん中の図と下の表にはTPPと記載されています。

 つまり、ニュージーランドで行われた署名式ではCPTPPと掲げられており、日本経済新聞が作成した図と表にはTPPと記載されていることに注視していただきたいのです。

 

 

 一般の読者は、これらが別のものと思うか、どちらかが誤字だと思うことでしょう。

 最近では見かけなくなりましたが、日本経済新聞ではTPP11という言葉も使用されていたことがありますし、これらの言葉が同じ日の別の記事に混在していたこともあります。

 ではこれらは何なのでしょうか。このことは2019年3月のメルマガでも触れましたが、最近あまりにも目立つので、再度違いについて書きたいと思います。

 

 

日本経済新聞 2021年11月1日版から抜粋

 

 

  • TPP :

(環太平洋パートナーシップ協定)

(Trans-Pacific Partnership Agreement)

  • TPP11 :

(環太平洋パートナーシップ協定11カ国版) 

(Trans-Pacific Partnership Agreement)

 とか

(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)

(Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership)

  • CPTPP :

(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)

(Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership)

 

 このように日本語と英語のフルバージョンを記載することで、これらの言葉の違いがなんとなく分かることでしょう。

 

これらは何が違うのでしょうか

 もともとTPPとは、シンガポールとニュージーランドのFTAにチリとブルネイが入ってP4という協定が締結された後、俺も俺もと加盟を望む国が増え最終的に12カ国で交渉が持たれた連携協定のことです。このTPPは別名TPP12とも言われています。多くの人が米国主導と思っているようですが、違います。

 しかしながら、国内産業に悪影響があるからと言って、突然米国が加盟を辞めました。その後残った11カ国が交渉を継続し、最終的にその11カ国で締結したものがTPP11であると日本政府は言っています。つまり、TPPともTPP12とも違う、米国が入っていない協定ですよと強調しているのです。おそらくではありますが、米国さん戻ってきてください、そして中途半端なTPP11ではなくTPPとして再出発しましょうという、日本から米国への秋波が込められているのではないでしょうか。

 このように、日本政府の見解としてはTPPとTPP11はもともと違うようです。しかし、外務省や経産省のweb siteを見ると、これらの言葉が混在していますので、どちらでも良かったか、どちらの言葉を使えば良いのか決まっていなかったのでしょう。

 ここからが分かりにくいところですが、日本以外の国では、TPPという呼び名もTPP11という呼び名も使っていません。なんと言っているのかというと、CPTPPという呼び名を使用しているのです。

 つまり、日本だけが米国に秋波を送り続けていて、他の国と違う言葉を使っているのです。これは、写真を見ればよくわかることです。

 にもかかわらず、日本政府のweb siteでは、未だにこれらの3つが入り乱れています。

 とはいえ、法律ではTPPという言葉が使われているので、日本国としてはTPPがオフィシャルなのではないかと思います。

 

では、どの言葉を使うべきか

 これは、考えるまでもありません。CPTPPを使うべきでしょう。日本だけ違う言葉を使う意味がないからです。国内法ならまだしも、多国間協定なのですから。

 携帯電話だけではなく、ここでもガラパゴスと言われてしまいます。

 今後、こういう観点で新聞記事やニュースを見聞きすると、違った側面から考えることが出来るというものです。